ウェブ版 福岡県立美術館コレクション展 人間ドラマティック 作品一覧

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チャプター1
人体のリアリズム

かつて人類が洞窟の壁に人の姿を描きはじめた時代から今日に至るまで、私たちは様々な手法を駆使して身体を写し取ろうとしてきました。古今東西、文明が存在する場所には何かしらの人体像が認められるといっても過言ではないほどに、私たちの身体は作家たちの創作欲求を刺激し続ける永遠の主題といえます。そしてそれらは、必ずしも客観的で写実性の強い、単なる造形の再現ではないことも興味深い点です。最初のチャプターでは、人体表現という視点から絵画や彫刻、工芸品をご紹介します。作家たちは人体の立体感や量感、ポーズ、生命感など様々な要素を巧みにコントロールし、人間の本質的な姿を具現化しようと試みています。それぞれに異なった人体の捉え方を見比べることで、私たちの身体が持つ表現の可能性の一端を垣間見ることができるでしょう。

柳瀬 正夢
《波止場のI氏》
1922年

中村 研一

《サイゴンの夢》
1947年

中村 琢二

《黄いろいうちは持つ婦人像》
1943年

梶原 貫五

《陽を受ける窓》
1954年

松村 三之

《うみさち》
1973年

上田 宇三郎

《裸婦》
1955年

安永 良徳

《1956年作品第21》
1956年

 

チャプター2
人々のつながり

私たちは生まれながらに何かしらの集団に属し、共同生活を送っています。もっともコンパクトな家族という形態をはじめ、学校や職場、地域、国といった枠組みの中で人々がつながり、社会が形成されます。共同体のかたちは、そこで暮らす人々の生活様式や価値観を映し出すものでもあり、しばしば作品の題材として取り上げられてきました。集団生活を営む私たちにとって共同体のかたちもまた、人の姿の一側面といえるでしょう。ここでは、人々の集いや関係性を描いた作品、またはそれを想起させるような作品に焦点を当てていきます。複数の人物の存在が表現されることで、そこには物語性が生まれます。想像力を働かせて、自分なりのストーリーを思いうかべながら鑑賞してみるのも、ここでの楽しみ方の一つです。

松田 諦晶
《今宿海岸暮色》
1934年

森永 恭典
《帰省2011》
2011年

古賀 春江
《埋葬》
1922年

 

チャプター3
人たる所以ゆえん

自分は何者であるか――これは現代に生きる私たちが直面する難問です。名前や性別、年齢、職業など、個人を形づくる要素は身の回りに多く存在しています。しかし、プライベートと仕事、現実空間とインターネットなど様々な領域を横断しながら生活する私たちにとって、「本当の自分」とはなんとも掴みどころがない存在です。美術においても、制作を通じて自分自身と向き合おうとする作家たちがいます。彼らは自問自答を繰り返すように、絶えず自身の源泉に根差すイメージに目を向け、まだ見ぬ表現世界への探求を続けます。最後のチャプターでは自画像や心象風景の描写など、多様な方法で自分の存在に迫ろうとした作品たちを扱います。また、作家の自身への眼差しを示すものとして、アトリエの風景をモチーフにした作品にも注目してみましょう。

髙島 野十郎
《りんごを手にした自画像》
1923年

伊藤 研之
《風景》
1976年

山喜多 二郎太
《室内》
1953年

 

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