福岡県立美術館コレクション展 人間ドラマティック 担当学芸員のつぶやき

担当学芸員のつぶやき

青栁 隆之介(福岡県文化振興課学芸員)

 

新型コロナウイルス感染症の急速な感染拡大により、私たちの生活は大きく変化しました。先行きの見えない、かつて誰も経験したことのない事態に、多くの方が不安な日々を過ごされていることと思います。私が担当していた「福岡県立美術館コレクション展 人間ドラマティック」についても、やむをえず開催中止と判断されました。担当学芸員としてはもちろん、展覧会場で生の作品をご覧いただきたかったのですが、それも難しい状況です。そこでこのたびは、皆様に少しでも本展覧会に触れていただきたいとの思いから、ささやかながらインターネットを活用した展開を行うこととなりました。ここでは、本来ギャラリートークなどで皆様にお話ししたかったことも含め、展覧会や今この状況について私個人が感じることを、エッセイとして掲載いたします。

 

展覧会について

九州芸文館では、毎年春に福岡県立美術館コレクション展を開催してきました。これは、福岡県文化振興課の学芸員が企画し、設定した主題をもとに県立美術館の所蔵品をご紹介するものです。令和2年度のコレクション展を担当することになった私は、展覧会を企画するにあたって、すぐさま「人」というキーワードが頭に浮かびました。実をいうと、当時の自分にはなぜ「人」なのかを、うまく説明することはできませんでした。それほどまでに、突然舞い降りたキーワードでした。脳裏から離れない「人」に対して、すべての作品は人の手によって生まれるものだからとか、ほとんどこじつけのような説明を与えて自分を納得させていたようにも思います。その後、ヒントを得ようと人類学の書籍を参照したりもしましたが、どうにも自分の中にぴったりとはまるパズルのピースは見つかりません。結局、独力では着地点を定めるには至らず、会議の中で飛び出したアイディアを膨らませたり、県立美術館からもテーマに合う作品を紹介してもらったりしながら、少しずつ展覧会の焦点を絞っていくこととなりました。最終案としては「身体」「社会」「アイデンティティ」という3つの視点から作品をご紹介し、それらを通じて「人とは何であるか」を探る構成としました。こうした経緯からも、本展覧会には私が導き出した答えがあるわけではなく、むしろ皆様と一緒に人という存在について考えていきたいという思いがありました。

 

展覧会主題の原点

さて、そもそも本展覧会のテーマに「人」を選んだ理由はなんだったのかを考えてみると、どうやらその原点は私の子ども時代にまでさかのぼるようです。小学生だった私は、興味のあることなら何時間でも集中できる一方で、大の勉強嫌いで習い事などにはまったく身が入らない、大人目線ではあまり出来のいい子とはいえませんでした(大人になった今でも根本はあまり変わっていないと感じることもありますが)。周囲を見渡してみると、私の時代にも遊ぶ時間を惜しんで勉強に励むクラスメイトはいるもので、私にとって彼らは畏敬の対象であるとともに、少々不思議な存在でもありました。私は大変生意気な子どもでしたから、勉強をする目的も説明されないまま、ただ大人たちに「勉強しなさい」と命じられる状況には、なんともいえない不自然さを覚えた記憶があります。今思えば自分がいかに恵まれていたかと猛省するばかりなのですが、ここでお伝えしたいのはこうした差異のある人々が集まって、社会という一つのルールのなかで共存していくことが、どれほど大変かということです。前述の勉強ひとつをとっても、それぞれが異なった感じ方をするわけですから、最終的には各人が個と社会の間で折り合いをつけながら生きていくほかありません。私も大人になり、ある程度は苦手なことにも自制心をもって取り組むことができるようになりました。しかし、社会規範に従って生きることに対するいかようにも形容しがたい不自然な感覚は、今も私の中で残り続けている気がするのです。「みんなちがって、みんないい」と自分に言い聞かせながらも、社会通念としての「人」という枠を飛び越えることはできない潜在的なジレンマこそが、私が本展覧会の主題に引きつけられた理由かもしれません。

 

人たる所以ゆえん

ところで少し話が脇道に逸れますが、そう遠くない未来には人工知能(AI)の普及によって多くの仕事が機械化されるともいわれています。そうした社会の中でAIに置き換えることのできない人の仕事は何かと考えたとき、それは「思想する」ことではないかと私は思います。たとえ、AIによって大部分が制御された効率的な社会が実現できたとしても、その根底に私たちの思想がなければすべては単なる現象にすぎず、私たちは人としてのアイデンティティを失ってしまうでしょう。 新型コロナウイルス感染症の感染とその拡大防止のため、残念ながら本展覧会は中止という判断になりました。当たり前が当たり前ではなくなった状況は、身近に存在した価値あるものがなんであったかを教えてくれます。そして次に思うのは、様変わりした社会においてもなお、変わらないものに人の本質があるのだということです。人々はソーシャルメディアを活用した様々なアイディアで結び付きを深め、今後の私たちの生活にイノベーションをもたらすような新しいサービスも生まれつつあります。物理的な距離を越えて、人々はつながりあい、創造性を発揮できるのだと実感できます。自分たちがどうあるべきかを思想し、それを形にしていくことは人だけに与えられた能力です。それは私が本展覧会を企画しながら探し求めていたものにも通じるのではないかと、この困難な状況を迎えて改めて感じるところです。今まさに、私たちは「人とは何であるか」という思想によって、この試練を乗り越えていかなくてはなりません。

 

2020年5月

 

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